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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)3021号 判決

原告

シグナ・インシュアランス・カンパニー

日本における代表者

ジアンフランコ・モンガーディ

右訴訟代理人弁護士

今口裕行

被告

愛知電機株式会社

右代表者代表取締役

川口将一

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

建守徹

藤井成俊

被告

進興産業設備有限会社

右代表者代表取締役

黒松徳光

右訴訟代理人弁護士

後藤伸一

安平和彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一七〇〇万円及びこれに対する平成元年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (本件火災の発生)

平成元年三月二六日午前六時五〇分ころ、兵庫県姫路市東延末四一九番地所在、ヤマサ蒲鉾株式会社(以下「ヤマサ蒲鉾」という。)一階原料解凍室(床面積一一八平方メートル、以下「本件解凍室」という。)において火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件解凍室内全部及び隣接建物の一部を焼失した。

2  (本件火災の発生原因)

(一) 本件解凍室には、その四隅に一基ずつ、合計四基の電気温風機が天井に設置され、右各温風機によって温風を室内に送り込み、蒲鉾原料を解凍する仕組みになっていた。

(二) 本件火災は、次の経過により発生したものである。

(1) 右四基のうち、北西側に設置された一基の電気温風機(以下「本件温風機」という。)が、作動中であったにもかかわらず、突然その送風ファン(以下「本件送風ファン」という。)が停止し、しかも過熱防止のために設定温度を一八〇℃として電気温風機に取り付けられていた温度過昇防止器(以下「本件温度過昇防止器」という。)が仕様どおり作動せずに通電状態が継続したことにより本件温風機のヒーター(以下「本件ヒーター」という。)が異常過熱した。

(2) その結果、本件温風機吹出口からの高温対流及び輻射によって天井の硬質ポリウレタンフォームが加熱され温度が上昇し、そのため硬質ポリウレタンフォームからの可燃ガスの放出が生じた。

(3) 一方、右高温対流及び輻射による加熱と本件温風機本体から天井取付部を経由しての熱伝導による加熱が競合し、その結果、一気に右可燃ガスが発火点に達し、本件火災が発生した。

(三) また、仮に本件送風ファンが停止していなかったとしても、本件温度過昇防止器の機能停止によって本件ヒーター本体が異常過熱の状態にあったのであり、これによって本件火災が生じたものである。

3  (本件温風機の購入経緯)

本件温風機は、被告愛知電機株式会社(以下「被告愛知電機」という。)が製造したCA―一〇T型(以下「一〇T型」という。)と呼ばれるもので、昭和六一年一二月ころ、ヤマサ蒲鉾が、被告進興産業設備有限会社(以下「被告進興産業」という。)から購入し設置したものである。

4  (被告らの責任発生原因)

(一) (本件温風機の瑕疵)

(1) (本件送風ファンについて)

本件送風ファンが異常なく作動し、回転し、送風を続けていたならば、本件ヒーターに異常過熱が生ずるはずがなく、それにも係わらず現実に本件ヒーターが過熱している事実からすれば、本件火災当時、本件送風ファンが何らかの理由により停止あるいは殆ど停止に近い状態にあったこととなるが、右理由は本件温風機の製造上の欠陥以外には考えられない。

(2) (本件温度過昇防止器について)

本件火災当時、本件温度過昇防止器の押さえ金具(以下「本件押さえ金具」という。)の発銹腐食が極めて強く進行しており、右理由によりバイメタル(以下「本件バイメタル」という。)の機能が全く喪失していたことなどにより、本件温度過昇防止器に異常が生じていたものである。

(二) (被告らの法的責任根拠)

(1) 被告愛知電機は、ヤマサ蒲鉾が用途に従って使用中、右(一)(1)及び(2)の原因により、硬質ポリウレタンフォームの発火点にまでヒーターの異常過熱を招くが如き瑕疵ある商品を製造した者として、第一次的には、不完全履行による債務不履行責任(普遍的に社会一般で使用される商品の製造販売業者として、単に販売先に止まらず、信義則上その使用が合理的に期待される最終顧客にまで契約責任を及ぼすのが相当である。)を、第二次的には、欠陥商品を製造した過失について不法行為責任をそれぞれ負担する。

(2) 被告進興産業は、欠陥商品を販売した者として不完全履行による債務不履行責任を負担するものである。

(3) 右被告らの責任は、不真正連帯の関係にあるから、被告らは、ヤマサ蒲鉾に対し、同社が本件火災によって被った損害につき各自損害賠償の義務を負担することとなる。

5  (損害の発生)

本件火災により、ヤマサ蒲鉾は、次の内容の損害を被った。

(一) 建物焼損

一二〇六万八〇〇〇円

(二) 機械設備焼損

六九万〇〇〇〇円

(三) 什器備品焼損

一八万二〇〇〇円

(四) 原材料焼損

六三二万六三四一円

(五) 包装資材焼損

一九〇万〇〇〇〇円

(損害額合計二一一六万六三四一円)

6  (原告による権利の代位)

本件火災当時、ヤマサ蒲鉾と原告との間において、原告を保険者、ヤマサ蒲鉾を被保険者とする普通火災保険契約を締結していた。

このため、平成元年六月二三日、原告は、ヤマサ蒲鉾に対し、本件火災により同社の被った損害額二一一六万六三四一円のうち、一七〇〇万円について保険補填し、これにより、右補填額について、被告らに対し、損害賠償請求権を取得した。

7  よって、原告は、第一次的には、被告らに対し、被告らの債務不履行を原因とする損害賠償請求権に基づき、第二次的には、被告愛知電機に対し、不法行為を原因とする損害賠償請求権に基づき、一七〇〇万円及びこれに対する右保険金の支払日である平成元年六月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告愛知電機)

1 請求原因1の事実のうち、原告主張の日時、場所において火災が発生したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 請求原因2(一)の事実は知らない。同2(二)及び(三)の事実は否認する。

本件送風ファン及び本件温度過昇防止器は、本件火災当時、正常に作動していた。

3 請求原因3の事実のうち、被告愛知電機製造にかかる電気温風機の中に一〇T型と呼ばれるものがあったことは認めるが、その余の事実は知らない。

4 請求原因4の事実は否認し、法律上の主張は争う。

5 請求原因5及び同6の事実は知らない。

(被告進興産業)

1 請求原因1につき、被告愛知電機の認否と同じ

2 請求原因2(一)の事実は知らない。同2(二)の事実のうち、本件送風ファンが停止したとの事実は否認する。同2(二)のその余の事実及び同2(三)の事実は知らない。

3 請求原因3の事実は知らない。

被告進興産業は、昭和六二年一月一三日にヤマサ蒲鉾に被告愛知電機が製造した一〇T型電気温風機を納入したことはあるが、右電気温風機は本件温風機と一致するか必ずしも明らかではない。

4(一) 請求原因4(一)の事実は知らない。

(二) 請求原因4(二)の事実は全て否認し、法律上の主張は争う。

(1) ヤマサ蒲鉾は、被告進興産業が納入した本件電気温風機を含む本件解凍室内の電気温風機を、全て上下逆さにし、しかも硬質ポリウレタンフォームが吹きつけられている天井との間隔を十分に取らずに設置している。

電気温風機の温度過昇防止器は、そもそも温風が上昇するものであることに鑑み、電気温風機の温風吹出口の上方に設置されているものである。ヤマサ蒲鉾のように上下逆さに設置すれば、温度過昇防止器が電気温風機の温風吹出口の下方に位置することとなり、これでは、温度過昇防止器の本来の機能をほとんど発揮させることができない。

(2) ヤマサ蒲鉾では、基本的に営繕部自らが各種機械や電気製品の設置及び修理・管理等を行っており、被告進興産業は、梱包された状態の完成品を納入したが、右納入時にも、右営繕部の指示に従って営繕室前に梱包されたまま納入したものである。

したがって、被告進興産業は、納入した電気温風機が、本件解凍室で、本件のように使用されているものとは全く知らなかった。

5 請求原因5及び同6の事実は知らない。

三  被告愛知電機の主張

1  (原告の推論について)

(一) 原告は、本件火災の原因について、本件温風機の本件送風ファンが欠陥により停止し、これに本件温度過昇防止器不作動の欠陥が重なったことにより、本件温風機の通電状態が継続し、本件ヒーターが異常過熱し、その結果、本件温風機上部の硬質ポリウレタンフォームが発火するに至ったと主張する。

しかしながら、原告は、右各欠陥があったとすることの具体的科学的根拠を明確に示すことができず、単に発生結果から右各欠陥を推測するに過ぎない。

(二) 火災現場では、最も焼燬が激しい場所が一般的に出火場所とされるところ、本件火災の場合において最も焼燬が激しい場所は、本件温風機の吹出口の前方約1メートルないし1.5メートルである。本件温風機の上部天井付近には、焼け残った硬質ポリウレタンフォームが付着している。

原告の推論のとおり、本件送風ファンが停止し、本件温風機自体の発熱によって硬質ポリウレタンフォームが発火したというのであれば、本件温風機に最も近い本件温風機の脚部及びその周辺の焼燬状況が一番激しくならなければならないが、本件火災では、右事実は認められない。

逆に、最も焼燬の激しい箇所が、本件温風機の吹出口の前方約1メートルないし1.5メートル先に扇状に広がっているとの事実からも、発火した地点から本件送風ファンの送風に熱風が煽られたとの事実が推認できる。

(三) 以上のとおり、硬質ポリウレタンフォームの焼燬状況からも、原告の推論は誤りということができる。

2  (本件温度過昇防止器の作動状況について)

(一) 本件温度過昇防止器は、概ね一二〇℃を超えると作動するようになっているが、本件送風ファンが正常に回転していれば、本件温風機自体に温度過昇防止器が作動するような温度上昇が生ずることはありえない。

本件火災において、本件温度過昇防止器が作動しなかったとしても、それは本件送風ファンが正常に回転していたからである。

(二) (火災直後の本件バイメタルの機能について)

本件温度過昇防止器を構成するバイメタルは、本件のような火災にさらされ、品質保持を超える異常な過熱を受けると、バイメタルの機能を喪失させることがある。

したがって、仮に、消防職員による実験により本件火災直後に本件バイメタルに機能低下が見受けられたとしても、右事実から、本件火災発生前に本件温度過昇防止器が作動していなかったと推認することはできない。

(三) (本件バイメタルの接点部について)

本件バイメタルの接点部には、白色の変色が見られるが、これは本件温度過昇防止器が過熱によって「開」に作動した際に生ずる火花(アーク)によって生じた痕跡であり、右事実によっても、本件温度過昇防止器が正常に機能していた根拠となる。

また、本件バイメタルの接点部分に、本件火災による黒い煤が付着していなかったとの点については、火災による外気の上昇によって本件バイメタルが反転して、「開」の状態となっても、端子とバイメタルの接点との隙間は0.5ミリメートルと極めて挟小であることから煤が入り込めなかったためと解される。また、本件火災の現場検証の際、消防職員又は警察職員により拭き取られたとも推測される。

3  (本件送風ファン及び本件温度過昇防止器のいずれも作動しない場合について)

仮に、原告の主張のごとく、本件送風ファン及び本件温度過昇防止器のいずれもが正常に作動せず、通電状態が継続したとしても、本件温風機の取付脚が硬質ポリウレタンフォームの発火点(四一〇℃)に達する前に、次のような状態となり、右発火温度に達することはない。

(一) 本件温風機の送風モーターリード線被覆が本体温度の上昇により融けて、電源短絡状態となり、過電流保護用のブレーカーが作動する

(二) 本件温風機の電磁接触器のコイルが熱のために断線を起こして電源を遮断する

したがって、右(一)の電源短絡状態又は(二)の断線時点以後の温度上昇は起こりえず、原告主張の発火過程をたどることはありえない。

4  (本件火災の発火原因について)

本件火災の発火原因は、ヤマサ蒲鉾が本件温風機の保守、管理を十分行わなかったことにより、金網の損壊している吸込口から本件温風機内に吸い込まれたゴミ及び溜まったゴミが、本件ヒーターの熱によって燃焼し、それが金網の大きく損壊している吹出口から吹き飛び、右吹出口の上方約二〇センチメートルに位置する天井に吹きつけられていた硬質ポリウレタンフォームに着火したことにあると考えるのが相当である。

5  (原告主張の法的責任の内容について)

原告は、被告らに対し、第一次的に債務不履行責任を問うと主張するが、その主張する債務の具体的内容及び発生の法的根拠が明確ではない。

四  被告愛知電機の主張に対する原告の反論

1  (本件立証責任について)

本件火災の出火場所が、本件解凍室天井北西隅の本件温風機付近である以上、被告らが債務不履行責任を免れるためには、本件火災原因について、原告の主張事実以外の明確な事実を証明する必要がある。

2  (本件火災原因について)

(一) 本件火災現場に居合わせた従業員は、火災に気付いた際に「ボン」という発火音を聞いている。右発火音は、本件温風機の温度上昇とこれに伴う硬質ポリウレタンフォームからの可燃ガス放出が競合して一気に発火点に達し、爆発音を伴って火災発生に至った経緯を裏付けるものである。

(二) 本件火災が本件ヒーターの異常過熱から生じたものであることは疑いがない。本件送風ファンが正常に作動していれば、右異常過熱が発生することはないことに鑑みれば、本件送風ファンは、本件火災当時、何らかの理由により停止あるいは殆ど停止に近い状態にあったという結論が導かれる。右理由を敢えていうならば、製造上の欠陥ということになる。

(三) 本件温度過昇防止器は、本件火災当時、本件押さえ金具の発銹腐食が極めて強く進行していたことから、バイメタル機能を全く喪失していた。

本件バイメタルの接点は、黒い煤が付着しておらず白いままであった。

このことは、本件火災当時、接点が「閉」の状態であったことを意味する。右事実によれば、本件温度過昇防止器のサーモスタット機能はかなり以前から停止していたものと考えられる。

本件ヒーター部の鉄製支持枠等の酸化腐食が相当程度に進行していたのも、右機能停止により長期間にわたり高温にさらされてきた結果によるものと判断される。

(四) 被告愛知電機の主張する火災原因は、本件解凍室の清掃状況や本件温風機の吸入口の破れていない金網の状態に照らして全く現実的でなく可能性がない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

(本理由中の書証で成立に関する記載のないものは、すべて成立に争いがないか、証人中原輝史、証人山下直治の各証言または弁論の全趣旨により成立の認められたものであり、括弧内に掲記した証拠は、特に左記各項の認定に供した証拠である。)

(請求原因について)

一  請求原因1の事実中、原告主張の日時、場所において火災が発生したことは当事者間に争いがなく、右事実に甲第五号証の一、二を総合すると、請求原因1のその余の事実及び同2(一)の事実を認めることができる。

二  (本件温風機の特定について)

1  次に請求原因2(二)及び(三)を判断すべきところ、被告らは、請求原因3の事実(本件温風機の購入経緯)を争うので、先にこの点について判断する。

甲第五号証の一、二、甲第一一号証の二、丙第一、第二号証及び証人太瀬輝昭の証言(以下「太瀬証言」という。)を総合すれば、本件温風機は、被告愛知電機が製造し、昭和六二年一月一五日に被告進興産業がヤマサ蒲鉾に納入した電気温風機(一〇T型)である事実を認めることができる。

2  被告進興産業は、本件温風機と同被告が納入した一〇T型電気温風機との同一性については確認できないと主張し、被告進興産業代表者本人尋問の結果(以下「黒松供述」という。)中には、本件火災現場で確認できた電気温風機は四台ともCA―一五T型(以下「一五T型」という。)であった等、右1の認定に反する供述部分が存在する。

しかしながら、被告進興産業代表者自身も、本件火災現場で確認した本件温風機は、外形からは一〇T型か一五T型か区別がつきにくいことを認める供述をしており、また、本件火災直後の消防職員からの事情聴取に対し、「被告進興産業から電気温風機を購入し、自ら工場内に設置した」旨説明したヤマサ蒲鉾工務課の木下久夫(以下「木下」という。)が、殊更に虚偽の事実を述べなければならない特段の事情が認められない本件では、黒松供述中、右1の認定に反する部分は採用できない。

なお、黒松供述によれば、本件温風機に接続された電気配線が、一〇T型よりも容量の大きい一五T型用の電気配線(一四SQ三相三心キャプタイヤケーブル)であったとの事実が認められるが、右は、ヤマサ蒲鉾からの購入注文が当初は一五T型であったとの事実(黒松供述)と符合するものである。しかし、右同型の注文が間に合わなかったことから急遽一〇T型の注文・納品の行われた事実をも認めることができる(同供述)のであるから、一五T型用の電気配線がなされていた事実も前記1の認定を左右するものではない。

三  (製造物責任における立証責任について)

原告は、「本件火災出火場所が、本件解凍室天井北西隅の本件温風機付近である以上、被告らが債務不履行責任を免れるためには、本件火災原因について原告の主張事実以外の明確な事実を証明する必要がある」旨主張する。

しかしながら、被告らが債務不履行又は不法行為を理由として責任を負うためには、少なくとも、前提事実として本件温風機自体に瑕疵があることが認められることを要すると解すべきであり、右瑕疵の存在に関する立証責任については、通常どおり原告が負担すべきものと解される。

したがって、立証責任に関する原告の主張は採用できない。

四  (原告主張の本件温風機の瑕疵部分について)

そこで、請求原因2(二)、(三)について判断する。

1  (本件火災の出火場所について)

(一) 本件温風機の瑕疵の存否について判断する前提として、本件火災の出火場所(以下「本件出火場所」という。)を特定することが有用であると思料されるので、以下、本件火災の出火場所について判断する。

(二) 太瀬証言及び証人坂本信晴の証言(以下「坂本証言」という。)によれば、火災の出火場所は、通常は最も焼燬の激しい地点であると判断されている事実が認められるところ、甲第二号証の五(写真NO.1)並びに太瀬及び坂本各証言を総合すると、本件火災で最も焼燬の激しかった地点は、本件温風機の吹出口の前方約1メートルないし1.5メートルの地点であり、したがって、右同地点を本件出火場所と推認することができる。

(三) 証人中原輝史の証言(以下「中原証言」という。)中には、本件出火場所は本件温風機の吹出口の上付近であるとの供述部分が存在するけれども、甲第二号証の五並びに太瀬証言及び坂本証言によれば、本件温風機の取付脚及び吹出口の上方には未だウレタンが燃え残っている事実が認められるほか、中原証言によれば、同証人が本件火災現場に赴いたのは、本件解凍室を修復中である本件火災の約一か月半後であり、しかも、本件温風機が取り付けられた状態での位置関係を見たことはないというものであって、右供述は採用できない。

2  (本件バイメタルの機能について)

原告は、本件火災の一原因として、本件温度過昇防止器が仕様どおり作動しなかったことがあり、その原因として本件バイメタルの機能が正常でなかったと主張する。そこで、まず、本件バイメタルの機能について判断するに、本件全証拠によっても、本件バイメタル機能に異常があったとの事実を認めることはできない。

もっとも、甲第五号証の二及び太瀬証言中には、本件火災鎮火直後において、太瀬証人が本件バイメタルをライターの火であぶっても反応しなかったとの供述部分等が存するけれども、乙第二号証、第五号証、第七号証並びに坂本証言及び証人山下直治の証言(以下「山下証言」という。)によれば、バイメタルは、火災などの高温の熱にあぶられるとその直後には正常に機能しない可能性がある事実が認められる上、かえって、甲第二号証の一及び中原証言によれば、同人が本件火災の約一か月半後に実験した時点では、本件温度過昇防止器のバイメタル機能自体に異常がなかったとの事実が認められるから、右甲第五号証の二及び太瀬証言をもって、本件バイメタルに機能の異常があったとみることはできない。

3  (本件温度過昇防止器のサーモスタット機能について)

(一) 次に、本件温度過昇防止器のサーモスタット機能について判断するに、本件全証拠によっても、本件火災前において、本件温度過昇防止器のサーモスタット機能に異常があったとの事実を認めることはできない。

(二) 右の点につき、原告は、本件バイメタルの押さえ金具に発銹腐食が極めて強く進行していたため、これがバイメタルの反りを妨害し、その結果、本件温度過昇防止器が正常に作動しなかった旨主張し、これに沿う証拠として、甲第二号証の一、甲第六、第一〇号証(いずれも中原作成の調査・鑑定書又は意見書)及び中原証言(以下、右調査・鑑定書、意見書及び中原証言を総称して「中原意見」という。)が存在するが、右は次の理由により採用できない。

(三) 中原意見における本件バイメタルの異常は、バイメタルの接点同士の融着ではなく、押さえ金具の発銹により反り返る余裕がなくなったというものであるものの、右の点につき、中原証人自身において本件温度過昇防止器に組み込まれた状態(甲第二号証の五No.20の写真の状態)で右作動状況につき実験を試みた事実はない(中原証言)。

また、中原証人が本件温度過昇防止器を含め本件温風機の現物を確認したのは、本件火災から約一か月半経過した後であるところ、右確認以前において、坂本証人ら消防及び警察関係者が本件温風機を分解調査しており、本件バイメタルと押さえ金具との隙間については、本件火災当時と必ずしも一致していない可能性がある。

更に、本件温度過昇防止器において木の棒などでボタンを押す仕組みのいわゆる手動復帰式サーモスタットは、温度過昇防止器が作動した後に再通電させるためのものである(甲第二号証の四、乙第七号証及び山下証言)にもかかわらず、中原証人は、「手動復帰式サーモスタットとは、サーモスタット機能が正常に作動しない場合に人為的にボタンを押して通電を止める装置であること及び本件バイメタルは冷却されると反り返りがなくなり自動的に通電状態になる機能を有している」との誤った前提理解のもとに調査し意見を述べている(平成四年九月一一日付け証拠調期日調書九ないし一一頁及び同二四ないし三二頁)事実が認められる。

加えて、乙第一号証及び山下証言によれば、本件温風機を上下逆さに取り付け、吸込口から吹出口に流れる風量を相当制限した場合における本件温度過昇防止器の作動条件に関し、本件温風機の吹出口の上下(乙第一号証二頁の図の③地点と⑤地点)では、吸込口を全閉した状態で最大約一八五℃(乙第一号証七頁のチャート5参照)の、本件モーターを強制停止した状態で最大約三〇〇℃(同号証八頁のチャート8参照)の差異が生ずる事実が認められるところ、中原証人は、「送風が相当制限されても極端に一〇〇度もの差異が生ずることはない」との誤った理解を示している(平成四年九月一一日付け証拠調期日調書二二頁)事実が認められる。

以上の事実からすると、中原証人は、本件温風機、特に本件温風機の温度過昇防止器については正確な理解を欠いたまま調査し証言したとの事実が認められる上、本件火災後の調査等において押さえ金具に異常な点があったとの事実を否定する坂本証言及び山下証言に照らすとき、本件火災前において本件温度過昇防止器の押さえ金具の発銹により本件バイメタルが反らなかったとする中原意見を採用することはできない。

4  (本件バイメタルの接点について)

なお、原告は、本件温度過昇防止器が正常に作動しなかった根拠として、本件バイメタルの接点が火災後において白色のままであり、通電状態であったと主張するので、右の点につき以下判断する。

甲第二号証の五(写真No.21)並びに中原及び坂本各証言によれば、本件バイメタルは、本件火災中において接点が通電状態となっていた事実を認めることができる。被告愛知電機は、本件バイメタルの接点部の白色の変色部分は火花(アーク)であるとか本件火災の現場検証の段階で消防職員又は警察職員により拭き取られたと主張するが、右主張を認めるに足る証拠はない。

ところで、後記五3において認定のとおり、本件火災原因判定書(甲第五号証の二)記載の出火経過をたどった場合においては、本件出火時には本件温度過昇防止器が作動しない可能性が認められる。

また、甲第二号証の五(写真No.18ないし21)によれば、本件温度過昇防止器の外側ケースが火災の熱によって一部焼燬破損した事実が認められるところ、乙第七号証によれば、フェノール樹脂製である(乙第六号証の二)本件温度過昇防止器の外側ケースが本件火災の熱によって収縮変形し本件バイメタルの作動が阻害された可能性が認められる。更に、坂本証言によれば、バイメタルが高熱にさらされた場合には正常な作動をしない可能性や反りすぎて反対に戻ってくる可能性があることが認められる。

以上認定の各事実に照らすと、本件バイメタルの接点が本件火災中に終始離れている状態ではなかったとの事実から本件温度過昇防止器が正常に作動しなかったとの事実を推認することは許されない。

5  (本件送風ファンの作動状況について)

次に、本件送風ファンの作動状況について判断するに、本件全証拠によっても、本件火災前において、本件送風ファンに停止等の異常があった事実を認めることはできない。

太瀬証言及び坂本証言によれば、本件火災直後の調査においては、本件送風ファンの動力である本件モーター部分には、通電中にモーターが停止することによって通常生ずるモーター捲線のレアショート痕やモーター捲線に塗られたワニスの焼けた痕跡がなかったとの事実が認められる上、前記1(二)で認定したとおり、本件出火場所が本件温風機の吹出口の前方約1メートルないし1.5メートルの地点であるとの事実に照らすと、かえって、本件火災当時、本件送風ファンは作動していた事実が推認される。

6  (原告の予備的主張について)

原告は、請求原因2(三)において、仮に本件送風ファンが作動していても、本件温度過昇防止器の機能異常のみでも本件火災が生ずると主張するが、そもそも右機能異常を認めることができないことは前記説示のとおりである。

五  (原告が主張する本件火災原因について)

1  以上検討したとおり、本件においては、本件温風機の瑕疵を直接認めるに足る証拠はない。

しかしながら、本件では、前記認定のとおり、本件出火場所は本件温風機付近であることが認められるので、この間接事実から経験則の適用により本件温風機の瑕疵が本件火災の出火原因であることを推認できるかについて以下検討する。

2  (火災原因判定書について)

ところで、本件火災については、消防職員により火災原因が推定されている(甲第五号証の二)から、先ず、右推定火災原因の可能性について考察する。

(一) (火災原因判定書の推定する火災原因)

本件火災の鎮火直後に現場検証を実施した姫路西消防署所属の消防司令補慶尾靖雄作成名義にかかる火災原因判定書(甲第五号証の二、以下「本件火災原因判定書」という。)によれば、本件火災原因は、「本件温風機のヒーターのニクロム線を固定していたステー・碍子及びボルトが腐蝕したため、ニクロム線の張りが緩み、その配列が不均等になり、ゴミがニクロム線に触れやすい状況になっていたところ、本件温風機内に吸い込まれたゴミ及び溜まったゴミが燃焼し吹き飛ばされ、その結果、天井部の硬質ポリウレタンフォームに着火したもの」と推定されている事実を認めることができる。

そこで、右推定火災原因について、以下検討を加える。

(二) (硬質ポリウレタンフォームの発火温度について)

甲第六号証及び中原証言によれば、本件火災現場の天井に吹きつけられていた硬質ポリウレタンフォームの引火温度は約三一〇℃、発火温度は約四一〇℃であり、約四〇〇℃前後となると熱分解によって可燃性ガスが発生する事実が認められる。

(三) (本件温風機の吹出口の金網及び碍子支持枠等について)

本件火災原因判定書の記載内容を検討する前提として、本件火災時における本件温風機の腐食状態が問題となることから、本件温風機の吹出口の金網及び本件ヒーターの碍子支持枠の発銹状態について検討する。

甲第二号証の五(写真No.2)及び乙第四号証の一三並びに太瀬及び坂本各証言によれば、本件火災鎮火当時、本件温風機の吹出口付近の金網は破損した状態であった事実を認めることができる。

そこで、次に、右金網及び碍子支持枠等の破損の生じた時点について検討するに、甲第二号証の五(写真No.4ないし6)から判明する碍子支持枠の脱落又は欠損状況に坂本及び太瀬各証言を総合すると、右破損は、本件火災以前に生じていたものと認められる。

(四) (本件ヒーターの碍子の配列について)

甲第二号証の五(写真No.3ないし5)並びに坂本及び太瀬各証言を総合すれば、本件ヒーターの一層目は、碍子支持枠の脱落又は欠損により、本件火災前において、ヒーターの間隔に粗密が生じ、その結果本件温風機の第一層目のヒーター部分に特に高温となる部分が生じていた事実を認めることができる。

甲第二号証の一には、本件ヒーター部分には異常がない旨の記載があるけれども、右は前掲各証拠に照らして採用することはできない。

(五) (本件温風機内の煤状の物質について)

乙第四号証の一五及び坂本証言によれば、本件火災鎮火時において、本件温風機内の胴体内側下部には炭化した煤状のものが存在し、また、本件火災前に本件温風機内にいくつかのほこりの固まりが存在していた事実を認めることができる。

3  (本件火災原因判定書に関する検討)

以上の(二)ないし(五)の各認定事実に加え、太瀬及び坂本各証言を総合すれば、本件温風機には、ニクロム線に疎密の部分が生じた結果、部分的にほこりの固まりに着火する程度の高温部分が発生し、これに電気温風機内に存在したほこりの固まりが触れて着火し、吹出口の金網の破れた部分を通り抜けて天井に吹きつけられた可燃性の硬質ポリウレタンフォームにこのほこりの火が着火した可能性が認められる(なお、坂本証言によれば、温度過昇防止器は、右のように部分的な高温まで検知して制御する機能は本来有していないとの事実を認めることができるから、右経過によって本件火災が発生したとしても、本件温度過昇防止器に瑕疵のあることが認められたことにはならない。)。

4  (本件火災における破裂音について)

甲第一一号証の三(質問調書)によれば、本件火災の第一発見者である小笹栄夫が消防署職員に対し、本件火災発見時に本件解凍室の北西隅から「ボン」と鈍く低い音が聞こえた旨を供述していることが認められるところ、原告は、右事実をもって硬質ポリウレタンフォームから可燃性ガスが発生した事実が推認されると主張する。

しかしながら、坂本証言によれば、火災現場における「ボン」という音は螢光灯等の破裂音であった可能性も認められるから、右の音が聞こえた事実から、本件モーターが停止していた事実を推認することはできない。

5  (本件に現れたその他の証拠について)

(一) 乙第一号証、第七号証及び山下証言によれば、本件温風機と同型の電気温風機である一〇T型(以下「同型機」という。)を天井に取り付けて、原告主張の発火原因と同じ条件にするため、送風用ファンに障害物を挿入してファン回転用モーターの回転を停止させた上、温度過昇防止器を短絡させてサーモスタット機能を強制的に停止させた実験(乙第一号証のチャート9)において

(1) 本件実験開始から約六分経過した時点で同型機本体の塗装が燃えだし、実験室内に煙が充満し、更に実験を継続したところ、同約一五分経過後にモーターリード線がケースに接触して短絡し、ブレーカーが落ちたが、右実験における吹出口上部付近の天井における硬質ポリウレタンフォームの最も高い温度は一七〇℃前後であったこと

(2) 実験終了後、吹出口の約二〇センチメートル前方の硬質ポリウレタンフォームがきつね色に変色したこと

の各事実を認めることができる。

なお、中原意見(甲第一〇号証)中には、右実験中において、右(2)の吹出口上部付近の天井における硬質ポリウレタンフォームの温度が483.3℃となったとの指摘があるけれども、乙第五号証、第七号証及び山下証言によれば、右指摘は、測定地点を読み間違えたものと認められるから、右中原意見は、右(1)及び(2)の各認定事実を何ら左右するものではない。

(二) また、乙第一号証、第七号証及び山下証言によれば、ヒーターのみを通電して同型機を過熱し続けた実験(乙第一号証のチャート10)では、実験開始から約一三分経過時点においてパネル箱から発煙し、同約三二分後には、同型機の制御箱の温度上昇に伴い電磁接触器のコイルの抵抗値が上がり、これに伴い電磁接触器の通電状態がオン状態とオフ状態を繰り返す、いわゆるチャタリングと右に伴う機械的な音が発生し、同約三七分後には電磁接触器のコイルが断線して通電状態が停止したこと及び右実験における最高温度と推定される同約三〇分後における吹出口上部の天井における硬質ポリウレタンフォームの温度は、約一七六℃以下であったことを認めることができる。

(三) 右(一)(2)の認定事実によれば、原告が主張する発火原因の下では、そもそも硬質ポリウレタンフォームの発火温度にまで上昇した可能性について疑問があるのみならず、仮に発火したとしても、それは本件温風機の吹出口前方約二〇センチメートル付近の位置ということになる。しかし、それは、本件出火場所が、本件温風機の吹出口の前方約1ないし1.5メートル付近であって、本件温風機の吹出口の上部付近は硬質ポリウレタンフォームの燃え残った部分が多く存在するとの前記認定の事実及び証拠に整合せず、明らかな不合理である。

(四) また、前記(一)(1)及び(二)の認定事実によれば、本件解凍室の天井に吹きつけられた硬質ポリウレタンフォームが発火温度に至る前に、同型機の本体塗装部が燃焼を原因として近くにいる者が気付く程度の発煙と電磁接触器のチャタリング音がそれぞれ生ずる可能性を認めることができるところ、本件全証拠をもっても、本件火災の目撃者である小笹が本件火災発見前に右各現象に気付いた事実を認めることはできない。

(五) なお、中原意見中には、右各実験が本件火災現場の状況を正確に再現しておらず信用することができない旨の部分がある。

しかしながら、右認定した各実験内容は、温度過昇防止器の機能を停止した状態で行われているものであるから、バイメタルが新品であったか否かは無関係であるし、実験室内の方が空気の滞留が少ないとの中原意見による指摘も、実験室内と本件解凍室内とを比較した場合において、中原意見を直接裏付けるような事実は認められないし、また、本件解凍室内では本件温風機の設置された付近に空気撹拌用の扇風機が作動していた事実に照らすと、実験室内の方が空気の滞留が少ないとの右指摘を採用することはできない。

また、ニクロム線の配列が正常な同型機による実験では意味がないとの中原意見による指摘も、その具体的根拠は不明であるし、本件火災の原因が本件温風機全体の過熱によって生じたとの原告主張の事実に照らすと採用することはできない。

更に、本件解凍室天井に吹きつけられていた硬質ポリウレタンフォームが可燃性であるのに対し、右各実験に用いられた硬質ポリウレタンフォームが難燃性である点に差異があるとの中原意見による指摘も、両者の熱伝導率に差異が認められない(乙第五号証、第七号証及び山下証言)以上、実験内容の正確性及び信用性を非難する理由とはなりえない。

したがって、右いずれの中原意見による指摘をもってしても、右実験に基づく前記認定を左右するものではない。

(六) 右(一)ないし(四)の各認定事実は、本件火災原因について、「本件送風ファンが停止又は殆ど停止に近い状態で、かつ、本件温度過昇防止器が瑕疵により正常に作動せず、その結果、本件温風機の過熱によって硬質ポリウレタンフォームが気化し、右気化したガスが発火した」と主張する原告主張事実を認定する上では障害となるべき事実である。

6  (結論)

以上のとおり、本件において、全証拠を子細に検討しても、原告が火災原因として主張する事実の蓋然性が高いと推認することはできず、右の点からも原告主張は理由がない。

六  以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないというべきである。

(結論)

よって、原告の被告らに対する本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柄夛貞介 裁判官髙橋裕 裁判官鵜飼祐充は転補につき署名捺印することができない。 裁判長裁判官柄夛貞介)

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